「ヤマタカシ」は胡散臭い。
そういう自覚があるのなら、なぜ改善しないのか。
Twitterのバナーとアイコンを変え、特殊な表現をやめ、文体を見直し、推敲し、読みやすい文章を心がけ… …といったことをすれば、印象は随分と変わるだろう。
対策も分かっているのなら、なぜ改善しないのか。
胡散臭い立ち位置から胡散臭い奴が胡散臭く、ある事を指摘するため、だ。
「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」は、問題が多い。
例えば、こんなのもある。
背が小さくて色が黒くて耳が聞こえない先輩、という描写が出てくる。 世代にもよるだろうか、チビで黒くてと来れば、「ちびくろサンボ」が連想されるのではないだろうか。 「ちびくろサンボ」自体は80年代には絶版となっており、97年までそういう扱いを受けてきたそうだ。 「いじめ紀行」のインタビューは95年、絶版の時期に重なる。 そして、耳が聞こえないという事を指す差別的な表現に「つんぼ」というものがある。 これは1980年代から卑語として扱われている(国語辞典の意味記述と社会状況の変化 146p (12))。 つまり「ちびくろサンボ」を介し実質的に「つんぼ」と商業誌に掲載しているという読み方も出来るのだ。
…これも、「ヤマタカシ」が預かろう。
胡散臭い立ち位置から胡散臭い奴が胡散臭くこう指摘して、それが、「もっともだ」とか「けしからん」とかそう読まれるだろうか。
読まれるわけがない。
では、「ヤマタカシ」ではない「誰か」が、これを問題視し、真っ当に指摘したとしたら。
「小山田圭吾問題」をきちんと考えている人物であればあるほど、「小山田圭吾2万字インタビュー」以上に、「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」を問題視する。 「小山田圭吾2万字インタビュー」単独であればそれは、「いじめを商業的な文脈で扱った」という話になる。 しかし、「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」においてそれは、「障がい者へのいじめを差別的な表現を伴いながら商業的な文脈で扱った」という話になってしまった。
そのどちらも、小山田圭吾へのインタビューを元にした記事だ。
そしてそのどちらも、フィクションであるとは明言されていない。
そもそも、いじめ問題をこう区別する事、せざるをえない事もまた、と、考えさせられる話だ。
そう読まれうる物が、そう読まれた時に、そう読むほうが悪いと言っているだけだ、以前どこかでそんな事を書いた気がする。
小山田圭吾と出版二社は、およそ30年近くにも渡り、これらと、これらから生じたものを放置していた。 放置してしまったことで、むしろ信憑性を与えてしまったと言っていいだろう。 小山田圭吾は否定していたといってもそれはごく限られた範囲に向けて行われたものであり、あの炎上の時点において公に否定出来ていたとは、残念ながら、言えない。 小山田圭吾問題の本質のひとつはここにあると私は考えている。
「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」をどう読むか、人それぞれに様々な読み方がある。
「全て事実」、「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」のおよそ最悪の読まれ方と言っていいだろう。
小山田圭吾といじめ被害者の間には友情があったという説は、北尾修一「いじめ紀行を再読して考えたこと」以来、小山田圭吾擁護の根幹を為しているように思う。 この友情を語るためには、「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」が事実でありかつ美談であると、そう読み、またそう読まれなければならない。 「友情があった」と読める部分だけを事実として取り上げ、他の部分はフェイクであるとして、それがどこまで通じるかという話だと言えばいいだろうか。
その上で、「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」は、学術的な背景を伴いながら言及され、好意的に読むだのメディアリテラシーだの呪いだのと、盛大にリアリティが盛られてしまっている。
実際のところ私は「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」を話半分程度に見積もっている。
しかし小山田圭吾擁護の文脈で語るなら、「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」は事実であり美談であったほうが都合がいいのだろう。
残念ながら、そうなってしまったようだ。
では、「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」を、いじめ問題や差別問題という視点から語る場合はどうだろうか。 「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」が事実であり、「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」を美談として扱うという前提が、強烈な拒絶を生むであろう事は言うまでもない。
その拒絶の元、対話というものは生まれうるだろうか。
小山田圭吾問題における重要なマイルストーンとして、「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」にはフィクションが含まれているのではないかという事を誰かが指摘しなければならなかった。
そして、小山田圭吾擁護派からその声が上がる事は到底、期待出来ない。
というよりも、小山田圭吾擁護派がそう言ってみたところで、そこまで恣意的に読むのかといった類の反感を買うだけなのは目に見えている。
そもそも、白黒付けるべき話でもない。
そう、小山田圭吾へ批判的な文脈からひっそりと、穏当に、程よい胡散臭さを伴って指摘される必要があった。
それが、狡知最終回「狡知 23 「再びいじめ紀行を読んで 6」 | 敬称略雑記」だ。
4月、狡知の最終回として色々と詰め込んだのは博打ではあったが、「孤立無援のブログ」も「片岡大右物語(5)東京大学の差別主義者 - 孤立無援のブログ」にて根本敬的な部分についてきちんと詰め込んでくれた。 一応の落とし所に目処を付けながら中原一歩の受賞(編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞)へと繋げることが出来た意味は、「孤立無援のブログ」にとっても大きいだろう。
「小山田圭吾アンチ」と雑に片付けられる側も割とこういう事に気を使って動いていたりする。ビックリだな。
…というと私が中原一歩の受賞を知っていたのかというような話になってしまうが、そんな事はないので安心して欲しい。
単に一年という区切りから逆算するとそろそろなんかあるだろうな、という点と、2ヶ月だったかその程度のスパンで事が起こっていて次の周期がそろそろだったというだけだ。
少しあの当時の出来事を時系列に沿って並べてみようか。
…これ、リンク貼る時のタイトルの引用は大丈夫なんだろうなw
2022-02-08(火) 片岡大右物語(1)非常勤講師バカ一代 - 孤立無援のブログ
2022-02-11(金) 片岡大右物語(2)笑ってはいけない作文 - 孤立無援のブログ
2022-02-17(木) 狡知 17 「再びいじめ紀行を読んで はじめに」 | 敬称略雑記
2022-03-06(日) 片岡大右物語(3)日本一の仏文学者 - 孤立無援のブログ
2022-03-11(金) 片岡大右物語(4)進撃の亜インテリ - 孤立無援のブログ
2022-03-11(金) 狡知 18 「再びいじめ紀行を読んで 1」 | 敬称略雑記
2022-03-20(日) 狡知 19 「再びいじめ紀行を読んで 2」 | 敬称略雑記
2022-03-25(金) 狡知 20 「再びいじめ紀行を読んで 3」 | 敬称略雑記
2022-04-01(金) 狡知 21 「再びいじめ紀行を読んで 4」 | 敬称略雑記
2022-04-08(金) 狡知 22 「再びいじめ紀行を読んで 5」 | 敬称略雑記
2022-04-15(金) 狡知 23 「再びいじめ紀行を読んで 6」 | 敬称略雑記
※この時点の狡知23には、沢田研二と根本敬への言及は存在しない。
2022-04-18(月) 【妖気!怪奇!山田風太郎 怪異の世界】沢田研二の天草四郎に女性ファン殺到、奇想天外なアイデアと強烈なキャラクターが登場する 「魔界転生」(1/2ページ) - zakzak:夕刊フジ公式サイト
私がこの夕刊フジの記事を見て内心「チッうっせーよ」などと思っていた事をあえて言う必要はないだろう。
2022-04-22(金) 「ヤマタカシ」の記事が来そうだが、スキップ。
2022-04-23(土) 片岡大右物語(5)東京大学の差別主義者 - 孤立無援のブログ
2022-04-29(金) 中原一歩、受賞について発言
2022-05-06(金) 「ヤマタカシ」の記事が来そうだが、スキップ。
2022-05-13(金) 狡知 23 「再びいじめ紀行を読んで 6」 | 敬称略雑記 記事訂正
金曜日は「ヤマタカシ」と印象付けた上で、5月13日の金曜日、1981年には根本敬がデビューしたこと、そして沢田研二による魔界転生の公開があったことを追記するに留める。
根本敬に関して把握してはいたが、そもそも根本敬には触れたくもない事と、「孤立無援のブログ」が言及するかなと思い、言及せずにいた。
沢田研二の魔界転生に関しても、沢田研二をこの問題にどこまで関連付けて良いものかという躊躇があり、言及はあえて避けていた。
結局関連付けてるじゃんとかの文句は夕刊フジに言って頂きたい。
「ヤマタカシ」は恐らく、ここらへんでバレ始めていたと思う。
2022-05-20(金) 山崎洋一郎が果たした役割|ヤマタカシ|note
2022-05-25(水) Cornelius活動再開声明
ウンコだのオナニーだのと喚き散らかすのもなんだか妙に気を使う事、お分かりいただけだろうと思いたい。
ところで、「孤立無援のブログ」にあった、年賀状を笑い者にしているという趣旨の記事を覚えておいでだろうか。
そしてその上で、現在、その記事が取り下げられている事、ご存知だろうか。
私は、「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」の正体について、ある疑問を持っている。 それは狡知最終回に至る数回で胡散臭く説明した。 当然、「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」に掲載された「年賀状」も、「疑問視」している(狡知 21 「再びいじめ紀行を読んで 4」 | 敬称略雑記)。 「孤立無援のブログ」にあった記事がいつ取り下げられたかは、分からない。 しかし、Wayback Machineのインデックスタイミングから考えるに、年賀状の筆跡がどうとかと言及した狡知21の直前ではないだろうか。 あの時点で、記事自体への疑いを盛大に匂わせており、当然、年賀状に目が行くはずだ。 そもそもあの年賀状は、「いじめ紀行 小山田圭吾の巻」で語られた沢田(仮)に関しての、難しい漢字を知っているが、文章として意味をなさなかったり、文字の大きさが異なっていたりといった描写(057p下段)と決定的な食い違いがある。
年賀状の筆跡などという話、某書道家がYoutubeにて言及(母親との共同作という見解)しているのみで、話題にすらなっていない。
記事を取り下げるほどの事だろうか、それを知った時、私がまず思った事だ。
まあ、だからなんだと、そう、言うわけではない、が。
小山田圭吾の擁護というものは、そろそろ「誰かのせいでこうなった」という指針から距離を置き、次の段階へ進むべきなのではないのだろうか。
「ヤマタカシ」から、ちょっとした贈り物が、ある。
それをもって、「次」へ目を向けてみては如何だろうか。
でなければ、「孤立無援のブログ」からの問いに答える事は出来ないだろう。
ちなみに私はこれから「孤立無援のブログ」における「ズルムケ」の解釈に関し大長文を書かなければならない。
これは、北尾修一非公式ファンクラブ公式サイトの沽券に関わる事案、というより義務だとすら言っていいだろう。
その後になるのでちと時間がかかるかもしれないが、まあ、気長に待って欲しい。