どうもどうも、「山 隆」です。
「ヤマタカシ」について、と、前置きするほど御大層なものでもないが、しかしまあ、ちょっとした仕掛けらしきものはいくつかある。 薄々感づいていたり感づいていなかったり、そこらへんはまさに様々だろう。出し切るまでは数回、かかるだろうか。
今日、坂本龍一に関するちとショッキングなニュースが流れた。 もともとそういう話はあって、ある程度の覚悟はしていたが、というところだ。
今回、盛大に小山田圭吾擁護派をどうこう言ってやろうと云万字の大長文を想定し半分くらいは書いていたが、毒気を抜かれたというか、本当にがっかりしたというか。
小山田圭吾擁護派は、今日「も」、元気だ。無茶苦茶元気だ…。
…この界隈は対話の前にプレイリストを公開するのだろう、5chにそれらしいことが書いてあった。 ヤンキーかよとも思うのだが、付き合おう。
バックボーンとして上げるとすればここらへんだろう、Solar Fieldsが少し珍しいくらいか。 そういうジャンルに大して詳しくも無いが、かといって全く知らない訳でもない、という程度だ。
最近は、誰の、というより、どういうジャンルのをという括りで、DJナントカを聞くことが多い。
後半おかしいだろとか何があったとか言われそうだが今まさに聴いていてしかもけっこう気に入っているのだから仕方がない。バングラはちと飽きた。当然歌詞とかは全く理解していない。
※当初、当該記事の文脈にふさわしくない楽曲へのリンクが含まれていました。陳謝の上、訂正させていただきます。大変失礼致しました。※
小山田圭吾Cornelius - Sleep Warmを聴いて、ああイントロはFrank Sinatraが守護天使(Juno Reactor - Guardian Angel)になってくれるって意味かな、という程度には聴けてはいるのでまあ問題はないだろう。当然見当違いかもしれないが。知らんけど。
さて「ヤマタカシ」のネタバレの前にまず、ある前提を共有させてもらおう。
「ホリエモン 開示請求 甲6」という厄ネタがある。
実はこれ当時私は別件と混同していてなんだかんだというのはどうでもいいだろう。 ホリエモンが開示請求して、それが通った、というだけの話ではあるのだが、話はそれで終わらない。 騙されたと思って「ホリエモン 開示請求 甲6」で検索してみてほしい。 そう、「甲6」が訴状判決においてご丁寧にも説明され、まとめサイトへ盛大に掲載され散らかされているのだ。
これ、きちんと読みたい向きに山口三尊のブログへのリンクを置いておこう。「証券非行被害者救済ボランティアのブログ : ホリエモン「メスイキ」訴訟、訴状要旨 - livedoor Blog(ブログ)」、「証券非行被害者救済ボランティアのブログ : 堀江メスイキ訴訟判決文要旨 - livedoor Blog(ブログ)」
ホリエモンが意図してという見方ももちろん出来るがしかし、数件の書き込みに対する開示請求にしてあまりの、と言っていいだろう。 これは恐らく今後、判例や事例として、さらにはサブカルチャー的な文脈に置いても延々くすぶり続けるネタとなるだろう。
デジタルタトゥーどころの話ではない。
さてご想像頂きたいのは、「小山田圭吾 開示請求 甲6」だ。
何を充てるか、まあ「ウンコバックドロップ」だろう。
小山田圭吾側からの開示請求等であればまだ、小山田圭吾側である程度コントロール出来る部分はあるだろう。 しかし、第三者間のそれであれば、何が出てくるか。 さらには小山田圭吾関連訴訟と露見すれば注目度は否応なしに高まる。
昨年10月か11月頃だっただろうか、中原一歩の記事が契機となってか、「孤立無援のブログ」は「まとめサイト」か否かという議論があった。 当時の争点は、「孤立無援のブログ」の文責は誰にあるのか、「電八郎」に文責はあるのか、という点だったように思う。 「孤立無援のブログ」の文責は「電八郎」にあり、「電八朗」はペンネームである、という強調をする意図があったのだろう、「電八郎」はNoteにて「孤立無援のブログ」掲載記事の販売を始めた。 もともと、収益化には成功していたはずだ。 そして恐らく、ごく近い人物には、「電八郎」であることを伝えていたのではないだろうか。 まあここは想像の域を出ない。
実は私も、特殊な表現を用いるその意図と必要性を説明した上で、ごく近い人物には、私が「ヤマタカシ」であること、「ヤマタカシ」のTwitter、「ヤマタカシ」のサイト、そして諸々を伝えている。
さて「電八朗」がNoteで記事を販売し始めたあの当時、まさに一触即発だったと言って良いだろう。
「孤立無援のブログ」を吊るし上げる事で、小山田圭吾問題を解決しよう、と、小山田圭吾擁護派は画策していたわけだ。 日に日にその批判を強めていったように記憶している。旗振りの元に。
そして、上述、「小山田圭吾 開示請求 甲6」へ話を戻そう。 「電八朗」というペンネームへの誹謗中傷、つまり原告は「電八郎」だ。 そして、開示請求が通るか否か、名誉毀損なりが認められるか否か、そもそもそういう訴訟の目的とは、訴訟する事自体にあると言っていいだろう。
仮に私が当時の「電八朗」であったら、あのような(電八朗と小山田圭吾擁護派の)敵対の仕方をしている以上、一定の財を投じてでも(私の場合は)嫌がらせのためにウンコだのオナニーだのとこれでもかと積み上げた「憂さ晴らし」を画策してしまうかもしれない。
「ヤマタカシ」にはまず、「孤立無援のブログ」へすべての責任を転嫁し、問題の解決を図ろうとして、それがどういう結果を生むかという点に考えが至っていなかった小山田圭吾擁護派をどうにかする必要があった。 これは北尾修一の初期における蠢動を説明すれば良かった。 極めて早期(7月)に、当時の当事者という立場から、「孤立無援のブログ」を名指しした北尾修一「いじめ紀行を再読して考えたこと」の意図とでも言おうか。 北尾修一には被害者的な側面もあり、「いじめ紀行を再読して考えたこと」には緊急回避的な要素もあった、が、と、そう緩衝材を置き言及するのがまあ落とし所だろう。
「ヤマタカシ」の第一の目的はまず、小山田圭吾の文脈での訴訟を防ぐ事だ。
小山田圭吾自身が、というのなら分かる。
しかし外野が訴え訴えられ、「小山田圭吾 開示請求 甲6」が生まれようものなら目も当てられない。 これだけは避けなければならない。 「小山田圭吾擁護の顛末(?)|ヤマタカシ|note」にて、あえて「『小山田圭吾擁護派構成員』としての訴訟」(実際はおそらく全く別件)だと強調させてもらったのには、そんな背景がある。
その点、小山田圭吾擁護派中枢、特にKobeniやメラーン、そして飛び出しはどう考えているのか。
「自己責任である」と、見て見ぬ振りでも決め込もうというつもりか。 では、「小山田圭吾 開示請求 甲6」が生まれたとして、どう対処するつもりか。 小山田圭吾擁護派としては擁護派への需要が高まり、それはそれで良いのだろう。 しかし人して、それはどうなのか。
小山田圭吾擁護派には「飛び出し」という伝統芸がある。 極めて雑に、単独で行われる発言撤回請求だ。 そして旗振り役の元、過去の発言を掘り出し、集団で修正を迫るというお家芸もある。
これらがかなり問題のあるやり方であることは、あえて言うまでもないだろう。 この点に関し、かなりの分量を書きはしたが、まずは胸にとどめておこう。
まず手法が雑だった。 相手がそれに応じなければ、名誉毀損だのと脅迫めいた事を言うか、仲間を呼ぶか、ブロック推奨をするか、無視するかという選択しか持っていなかった。
そして、常に、陰口が伴っていた。
これが炎上しかけた事は幾度もあった。 その度に、相手の温情や第三者の介入に助けられていた。 つまりは単に運が良かっただけだ。
そしてその度に、小山田圭吾擁護派を批判しガス抜きとして機能した幾人かがいた(お疲れ様)
小山田圭吾擁護派がやらかし、小山田圭吾や小山田圭吾擁護派への怒りを持った人物が、小山田圭吾アンチか小山田圭吾擁護派アンチであると思わしき私の発言やこのサイトを見て、煙に巻かれたり、溜飲を下げたり、あれ小山田圭吾擁護派はむしろ問題を理解していないんじゃとか、小山田圭吾擁護派がむしろ問題なんじゃないかとか思い、小山田圭吾への悪感情と小山田圭吾擁護派への悪感情を切り分けながら、小山田圭吾問題への冷静さを取り戻すための仕組みが、「ヤマタカシ」だ。
そして、小山田圭吾擁護派が言う所の「アンチ」に読まれるために、このサイトがある、と言っていいだろう。
騙したようで、本当にすまない。
小山田圭吾擁護派はこのようなフォールバックを一切考慮していなかった。
(次回へ続く)